ミトコンドリアによるカルシウム制御と気分障害
はじめに
双極性障害の分子基盤を考える上では、1)遺伝的な要因が大きいにもかかわらず、症状発現は20〜30歳代以降と遅いこと、2)躁、うつという反対方向の症状が現れる一方、寛解期には何ら症状が見られないこと、3)発症にはストレスが関与することが多いが、病相を繰り返すにつれて容易に再発するようになること、などの特徴が説明されなければならない(Kato 2000d)。
筆者は、これらの特徴がミトコンドリアによるカルシウム制御障害により理解できるのではないかと考え研究を行っている(加藤1999a)。
最近、基礎医学領域でミトコンドリアのカルシウム制御に関する役割が注目され、多数の文献が出版されているが(注:例えばミトコンドリア×カルシウムで検索される文献は、1996-2000年だけでも435あり、小胞体×カルシウムの295よりもはるかに多い)、日本での紹介がほとんどなかったため、本稿ではこの点も少し詳しく述べたい。
モノアミン仮説
気分障害の病態にセロトニン(5-HT)、ノルアドレナリン(NA)、ドーパミン(DA)というモノアミンが関与することについては、抗うつ薬が例外なくいずれかのシナプス伝達を促進し、抗躁薬が全てこれらの受容体の阻害薬であること、躁状態を惹起するコカイン、アンフェタミンがこれらの伝達を促進し、うつ状態を惹起するレセルピンがモノアミンを枯渇させることなどから、ほぼ確実である。
しかし、ヒト脳内でモノアミンの変動を直接定量する方法はなく、血液、尿などの結果は、脳内の変化よりも交感神経や腸神経系の影響を強く受けるし、脳脊髄液でさえ脈絡叢の影響が強く、脳内を反映しない。負荷試験によりモノアミン受容体機能を調べた報告もあるが、間接的な所見である。PETは、受容体結合能、トランスポーター密度、前駆体の取り込みなどを測定でき、これらの問題を直接解決できると期待されるが、現実には無投薬の状態で躁うつの状態依存性変化を測定するのは著しく困難であり、研究は少ないのが現状である。一方、死後脳研究では、臨死状態でショックに対しモノアミンによる治療(ドーパミン、ノルアドレナリンなど)を受けることも多いし、死ぬ前の精神状態についての判断が難しいことから、死後脳所見が何を反映するかという問題がある。自殺者でセロトニン低下という一致した所見が得られているが、これはうつ状態よりも自殺と関連するかも知れない。このように、モノアミン活性が状態依存性に変化することは未だ証明されていないが、この系が何らかの形で症状� �現に関与するのは間違いなかろう。
しかしながら、モノアミン関連遺伝子についての膨大な分子遺伝学的研究にもかかわらず、特定の変異が気分障害を起こす例は見出されていない。最近ではプロモーター領域を中心に検索が進められているが、少なくともこれらの蛋白のアミノ酸配列異常が気分障害の危険因子として大きな意義を持つとは言えないようである(加藤1999b)。それではなぜモノアミンが変動するのかが今後の課題である。
細胞内情報伝達系
リチウムの双極性障害への予防効果がイノシトールリン脂質代謝系のinositol mono-phosphatase阻害作用を介することなどから、双極性障害の分子基盤は細胞内情報伝達系の障害と考えられるようになってきた。
細胞内情報伝達系についても、モノアミン系同様、末梢血サンプルを用いた研究、31P-MRSを用いたイノシトールリン脂質系のインビボ測定、死後脳研究などが行われているものの、決定的な証拠は未だ得られていない。
しかしながら血小板のセロトニン刺激性カルシウム反応については、末梢血の研究が中枢を反映するのかという批判はあるが、よく一致した所見が得られている。
この系では、セロトニン刺激性カルシウム反応の亢進はうつ病でも双極性障害でも見られるが、トロンビンやPAF(platelet activating factor)刺激によるカルシウム反応の亢進は双極性障害のみで見られるという違いがある。うつ病では発達的な問題などによりセロトニンの分泌が低いために代償性にセロトニン過感受性が生じると考えられるのに対し、双極性障害では、遺伝的素因によりセロトニンに限らず、複数のアゴニストに対する細胞内情報伝達系の反応が亢進していると考えられる。
分子遺伝学的検討では、セロトニン刺激によるイノシトールリン脂質を介したカルシウム反応にかかわる蛋白の中で、Gz蛋白αサブユニット、phospholipase C -γ(Turecki 1998)との関連が報告されているが、もともと弱い関連である上、追試も行われていない。また、連鎖が指摘されている18番染色体の、inositol-monophosphatase-2遺伝子に変異を認めたと報告されたが、双極性障害との連鎖は見られなかった(Yoshikawa 1997)。
網膜疲労
最近、しばしば双極性障害を伴う、希な優性遺伝する皮膚病であるDarier病家系で、その原因遺伝子が小胞体膜のCa2+-ATPase遺伝子(SERCA2)であることがわかった(Jacobsen et al 1999)。精神症状を伴わないDarier病では変異が遺伝子の全長にわたっており、変異のタイプもスプライシングの異常やフレームシフトなど多岐にわたるのに対し、精神症状を伴う家系では、変異はエクソン13-19の点変異に限られているという特徴が見られ、双極性障害とDarier病は、Ca2+-ATPase遺伝子の多面的突然変異により現れる症状であると考えられた。これは、特殊な病型とは言え、双極性障害を引き起こす細胞内カルシウム関連の遺伝子変異としては初めてのもので、この系の異常が確かに双極性障害を引き起こすことを示している。
MRSによる研究
我々は1990年頃より、双極性障害におけるイノシトールリン脂質(PI)代謝亢進を明らかにする目的で、31P-MRSによる研究を開始した。その結果、躁状態におけるPI系亢進を示唆する所見を得たが、この研究の副産物として、双極性障害では前頭葉細胞内pHが低下しているという思わぬ所見を得た。その後の検討で、これは寛解期の無投薬患者でも見られ、脳全体の測定でも低下していることから(濱川2000)、双極性障害の素因的な代謝異常と思われた。他の研究者の報告は1つしかなく、有意差はなかったとされているが、測定誤差が大きく比較できない。
一方、双極性障害のうつ状態では、前頭葉のクレアチンリン酸が低下しており、細胞内pH所見とあわせて、ミトコンドリア機能障害の可能性が示唆された。前頭葉クレアチンの低下は1H-MRSによっても確認された(Hamakawa 1999)。更に、光刺激実験でも、リチウム非反応者のみで、光刺激後にクレアチンリン酸の有意な低下を認めた(Murashitaら2000)。前頭葉31P-MRS測定後の患者の長期予後調査では、細胞内pH低下がリチウム反応性と、クレアチンリン酸低下がリチウム抵抗性と関連しており、これらは別の側面を反映していると思われた(Kato et al 2000c)。
ミトコンドリア遺伝子とは何か
これらの研究に加え、ミトコンドリア脳筋症患者が感情障害を合併する場合があること、双極性障害では母方に罹患者が多いことなどから、筆者らは、双極性障害におけるミトコンドリア遺伝子(mtDNA)異常の可能性に着目するようになった。
mtDNAには2つのrRNA、22のtRNAの他、13の蛋白サブユニットがコードされ、これらは核遺伝子にコードされたサブユニットと会合して蛋白質を作る。mtDNAは全長16,569bpのコンパクトな環状DNAであるが、一つの細胞内に多量に含まれているため、総量としては核DNAの1〜10%に及ぶ。mtDNAは、進化速度が速く、個体間の変異が著しく大きい。核遺伝子とは異なる誤りの起きやすい複製機構を持ち、ほとんどイントロンがない、ヒストンを持たない、修復機構が貧弱であるなどの特徴から、体細胞変異が起きやすい。すなわちmtDNAはヒト遺伝子の最も脆弱な部分であり、それが多くのcommon diseaseや神経変性疾患にmtDNAが関与する原因と思われる。
mtDNAは母系遺伝し、mtDNA異常によって起きる疾患の代表は、tRNAの点変異によるMELAS(mitochondrial myopathy, encephalo-pathy, lactic acidosis, and stroke-like episodes)、MERRF(myoclonic epilepsy with ragged red fiber)、欠失によるKSS (Kearns-Sayre Syndrome)などのミトコンドリア脳筋症である。いずれの場合も変異mtDNAの量は組織によって異なり(ヘテロプラスミー)、そのため同じmtDNA変異でも多彩な臨床像を呈する。
ミトコンドリア遺伝子と気分障害
まず我々は、双極性障害患者の中に、末梢血液のmtDNA 4977bp欠失が増加している者がいること、双極性障害では死後脳の4977bp欠失が有意に増加していることを見出した。
最近、著者らを含め、日米英の3グループより双極性障害のmtDNA解析結果が発表された。
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我々はすべてのtRNA遺伝子を含むmtDNA全周の約20%に及ぶ領域について、双極性障害患者43名でSSCP解析を行い、見出した多型を全てシーケンスした結果、5178Cおよび10398A多型が双極性障害の危険因子であり、両方を持つ場合、すなわち5178/10398多型でCA 型のハプロタイプを持つ者は、双極性障害患者で有意に多く (患者33%、対照群16%、p<0.001)、オッズ比は2.4であると報告した(Kato 2000a, b)。
英国のKirkら(1999)は、双極性障害患者25名でmtDNA全周シーケンスを行い、「患者群では互いに1塩基だけ違うハプロタイプの組み合わせが対照群に比して少ない」という所見を報告した。この所見が何を意味するのかは非常にわかりにくいが、彼らは『特定のハプロタイプを持つと双極性障害のリスクが高まり家系が途絶えるために、その近傍のハプロタイプの者がいなくなる』と考察している。しかしこの考察は、実際にどのハプロタイプが双極性障害のリスクを増加させるのかという具体性に欠けており、より具体的な検討が待たれる。
McMahonら(1998)は、9名の双極性障害患者においてmtDNA全周をシーケンスし、115の多型を見出し、全てのアミノ酸置換を伴う変異、tRNA、rRNA変異に関してRFLPにより関連研究を行い、Bonferroni補正を行うと有意なものはなかったが、両群間で最も大きな差を示したのは10398多型であり、多重比較を行わなければ有意な差であった。Kirkらの結果でも、10398多型は両群間で2番目に大きな差があったことから、10398多型の結果については3つの報告で一致した方向を示しており、影響は小さいとは言え、mtDNA多型が双極性障害発症の危険因子の一つである可能性が示唆された。
ミトコンドリアの機能
しかし、なぜmtDNA多型が双極性障害と関連するのか、という問題が残る。
ミトコンドリアの最大の機能は、電子伝達系によりミトコンドリア膜間腔(内膜・外膜間)のプロトン濃度を高め、濃度勾配によるミトコンドリア内へのプロトンイオンの排出を駆動力として、ATP合成酵素によりATPを産生することである。
しかしながら、ミトコンドリアは他にも多数の重要な働きがあり、中でも細胞内カルシウム制御およびアポトーシスにおける役割に最近注目が集まっている。
ミトコンドリアのカルシウム輸送蛋白
単離したミトコンドリアがカルシウムを取り込むことは、1960年代よりLehningerやChanceなどの生化学者達によって盛んに研究されてきた。しかし、ミトコンドリアのイオン輸送の研究は、ミッチェルの化学浸透説(注: プロトン勾配がATP産生に寄与するという現在広く受け入れられている考え方。提案当時は批判されていたという。)の証明に力点がおかれすぎて、その後の研究につながらなかったらしく、膜のイオン輸送蛋白に比べ、その分子実態の解明は大きく遅れを取っている。
ミトコンドリアによるCa2+取り込みは、内部が負に分極しているミトコンドリア膜電位に依存しており、これを行う分子はmitochondrial Ca2+ uniporter (mCU)と名付けられ現在複数のグループにより精製が進められているが、まだクローニングはされていない(Bernardi et al 1999)。この取り込みはruthenium redにより阻害される。また、脱共役剤と呼ばれるCCCP (carbonyl cyanide m-chlorophenylhydrazone)およびFCCP (carbonyl cyanide p-trifluoro-methoxyphenylhydrazone)などのプロトンイオノフォアの投与により膜電位が消失すると、カルシウムの取り込みも消失する。Chlorpromazine、perphenazine、およびimipramineなどの向精神薬は、ミトコンドリアによるCa2+取り込みを阻害する(Tjioe et al 1971)。
一方、Na+依存性にミトコンドリアからカルシウムを排出する蛋白もあり、こちらはmitochondrial Na+/Ca2+ exchanger (mNCE)と呼ばれており、精製はされているが、クローニングはされていない。この蛋白の阻害薬は、benzothiazepine化合物であるCGP-37157および気分安定薬候補の一つclonazepamである(Griffiths et al, 1997)。
短期記憶喪失を記述する
もう一つ、mitochondrial permeability transition pore (mPTP)と呼ばれる透過性の高いチャネルがある。この分子の実態は、電位依存性陽イオンチャネル(VDAC)、adenine nucleotide translocase、およびcyclophilin-Dの複合体と考えられているが、未だ明らかではない。mPTPは生理的条件下では開口しないが、アポトーシス誘発因子であるBaxはこのチャネルを開口させ、その結果ミトコンドリア外膜の破壊を招き、放出されたcytochrome cがcaspase系を介してアポトーシスを引き起こす(Crompton et al 1999)。Cylclosporin AはmPTPの開口を阻害するが、calcineurinの阻害作用も持つため、選択的な阻害薬ではない。
その他に、Rapid uptake modeと呼ばれる、細胞質のCa2+濃度の振動に応じて働くトランスポーターがある。また、Na+非依存性のCa2+排出機構があるとの説もあるが、mPTPとの異同には議論がある。
ミトコンドリアと小胞体には密な接触があることが明らかにされており、IP3受容体よりカルシウムが放出されると、これをミトコンドリアが取り込むと考えられている(Rizzuto 1998)。
ミトコンドリアによるカルシウム制御の信号伝達における意義
このミトコンドリアによるカルシウム取り込みが脚光を浴びたのは、ニューロンの脱分極に伴う細胞質カルシウム濃度の変化に、ミトコンドリアによるカルシウム吸収が関与していることがわかってからだという(Babcock and Hille 1998)。
Werthら(1994)は、ラットの初代培養ニューロンを用いて、脱分極刺激性の細胞内カルシウム反応を調べ、通常は鋭いピークの後にプラトー相が出現するが、CCCPによりミトコンドリア膜電位を消失させるとこのプラトー相が消失すると共に、ピークの形状は鈍になることを見出した。その後、ニューロン、筋細胞、クロマフィン細胞などでこの所見が確認され、細胞内Ca2+濃度が数百nMを超えると、ミトコンドリアはmCUを介して細胞内カルシウムを急速に吸収し、その後mNCEを介してゆっくり放出することがわかった。
すなわちミトコンドリアは、限度を超えて上昇したCa2+を吸収することにより細胞を守ると同時に、細胞内Ca2+濃度を一定時間ある程度高く保つことで、さまざまなカルシウム依存性の過程を活性化し続ける役割も持つと考えられる。
TangとZucker(1997)は、ミトコンドリアのカルシウム吸収がpost tetanic potentiation (PTP)に関与することを見出した。彼らは、神経筋接合部標本を用いて、tetraphenyl-phosphonium (TPP+)、CCCP、ruthenium redなどのミトコンドリアカルシウム輸送阻害薬がPTPを阻害する一方、小胞体のカルシウムポンプ阻害薬であるthapsigarginや2,5-di-t-butylhydroquinone (BHQ)では阻害されないことから、PTPはミトコンドリアに蓄積したCa2+がゆっくり放出されることにより生じると考えた。
ミトコンドリア脳筋症等におけるカルシウム制御障害
Moudyら(1995)は、代表的なミトコンドリア脳症であるMELASおよびKSS患者の繊維芽細胞において、脱分極による細胞内Ca2+反応を調べた。その結果、MELAS患者の細胞では、細胞質Ca2+濃度の基礎値およびプラトー相の値が上昇していた。KSS患者では有意の変化は見られなかった。
Briniら(1999)は、ミトコンドリア脳筋症のうち、MERRFおよび、ATPaseの変異による疾患であるNARP (neurogenic muscle weakness, ataxia, and retinitis pigmentosa)の患者の変異mtDNAを導入したサイブリッド(融合細胞)を用いて、MERRF変異を持つ場合のみ、ヒスタミン刺激後にミトコンドリアCa2+濃度が上昇しにくいことを見出した。これは、ATPaseの変異では、tRNA変異と違って酸化的リン酸化に障害を来しながらもプロトン勾配には影響しないためと思われた。MERRF細胞のCa2+取り込み障害は、CGP37157により改善した。
アルツハイマー病およびパーキンソン病患者のmtDNAを導入したサイブリッドを用いた研究では、前者ではカルバコール刺激性Ca2+のプラトー相上昇(Sheehan et al 1997a)、後者ではCCCP刺激性Ca2+反応の減少(Sheehan et al 1997b)を認めたという。
Sawaら(1999)は、ハンチントン病患者のリンパ芽球ではstaurosporineによるミトコンドリア脱分極およびアポトーシスが生じやすくなっており、これがCAGリピートの長さと相関していることを報告した。このようにミトコンドリア機能障害と言っても、核遺伝子の異常による場合もある。
ミトコンドリア内カルシウム濃度の測定法
ミトコンドリア内部のカルシウム濃度を測定する方法はいくつか存在する。
Rhod-2(-AM)は、カルシウム指示薬の中で唯一正電荷を持つので、ミトコンドリアに蓄積する。これを還元し、蛍光を失わせた、dihydrorhod-2(-AM)を用いると、ミトコンドリアに取り込まれて酸化された後初めて蛍光を発するので、ミトコンドリア内Ca2+濃度を測定することが出来る(Hajnoczky et al 1995)。また、rhod-2は可視光帯域の波長を持つので、共焦点レーザー顕微鏡での測定も可能である。
次にCa2+感受性蛋白質であるエクオリン遺伝子に、ミトコンドリアに運ばれるシグナルペプチドを組み込み、一過性発現させて、ミトコンドリアにエクオリンを集中させてその蛍光によりミトコンドリア内カルシウムを測定する方法がある(Brini et al 1999)。
同様に、GFP(green fluorescent protein)とカルモジュリンを組み合わせたカルシウム指示薬であるcameleonにも、ミトコンドリアシグナルペプチドを組み込むことにより、ミトコンドリア内Ca2+濃度を測定することができると思われるが、その応用例はまだない(宮脇1998)。
ミトコンドリアによるカルシウム制御と気分障害
さて本題に戻ろう。気分障害病態にミトコンドリアによるカルシウム制御が関与しているかについては、現在筆者らの研究室で検討中でありまだ解明されていない。
しかし、双極性障害におけるカルシウム反応異常が一体いかなるメカニズムによるのかについては、世界中で検討されつつある。
最近Houghら(1999)は、気分障害患者の血小板およびリンパ球において、多数の試薬を次々に加える方法で細胞内Ca2+反応を調べた。その結果、双極性障害患者の血小板では、基礎値、トロンビン、セロトニン、Thapsigargin刺激で反応亢進が見られ、NaFでも高い傾向が見られた。リンパ球では基礎値が高く、Thapsigarginのみで有意に反応が亢進し、NAF、セロトニン、Concanavalin A/PMA (phorbor myristic acid)では有意な変化は見られなかった。Thapsigarginに対する反応が亢進していることから、彼らは双極性障害ではstorage-operated calcium channel (SOCC)の活性が亢進しているのではないかと結論した。しかしながら最近、ThapsigarginがmPTPを直接活性化するとの報告もあるため(Horge & Weiss, 1999)、この所見は双極性障害におけるSOCCの亢進でなく、ミトコンドリア内カルシウムの増加によるものである可能性も否定はできない。
Emamghoreishiら(1997)は、双極性障害患者の培養リンパ芽球で細胞内Ca2+反応を測定し、基礎値上昇およびPHA (Phytohemagglutinin)に対するCa2+反応の低下を見出した。
我々も、培養リンパ芽球を用いて細胞内Ca2+反応について検討しているが、双極性障害患者ではPAF (platelet activating factor)刺激性カルシウム反応は低く、Thapsigarginでは有意差なく、CCCPでは高い傾向があり、双極性障害ではミトコンドリアのカルシウム蓄積が増加している可能性が考えられた。
おわりに
このように、ミトコンドリアによるカルシウム制御障害を想定すると、遺伝に加えて加齢などによって欠失が蓄積して機能障害に陥ること、シナプス可塑性の変化によるストレスに対する感作の成立、複数のアゴニストに対する感受性の変化による症状の発現など、双極性障害に見られる多くの現象を説明できるかも知れない(Kato2000d)。しかし、これは未だ作業仮説に過ぎず、今後実験的な検証が必要であることは言うまでもない。
ミトコンドリアが原因かどうかはともかくとしても、今後これまで不明であったセロトニン刺激性カルシウム反応の亢進という所見の生化学的背景が明らかにされ、治療抵抗性双極性障害に対する新たな治療の手がかりとなることに期待したい。
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