>世界ボクシング評議会(WBC)フェザー級の元王者、越本隆志(35)の引退式が11日、
>福岡県宗像市の宗像ユリックスであった。約800人が日本人選手最高齢で世界王者に就いた
>偉業をたたえ、会長職として今後の活躍を祝った。
>越本は7月、福岡市であった初防衛戦でKО負けを喫し、現役引退を表明。
>父・英武氏の後を継いで、Fukuokaジムの会長に就任し、この日が初興行となった。
>メーンイベントの前の引退式では、黒いトランクス、シューズ姿でリングに上がった。
>大相撲の断髪式に当たるグローブカットのセレモニーの後、10カウントゴングが鳴らされた。
>越本は「あきらめなければ夢は、かなうと� �じて歩いてきました。現役時代と同じ思いで、
>今後は若者たちの指導に当たっていきます」と深々と頭を下げた。「たかし」コールの中、
>静かにリングを去った。
>地元への恩返しとボクシングへの関心を高めてもらおうと、高校生以下を無料で招待、
>盛況の興行となった。
>越本隆志(35)の引退式が11日、福岡県宗像市であった。
>1月、日本最年長の世界王者になった苦労人に、10カウントゴングが鳴らされた。
>引退式のリング上で、父・英武さんにグローブへのハサミを入れられる越本隆志
>7月の引退後、父の英武さんから所属ジムの会長職を継いだ越本。
>式では試合用のトランクス姿になり、グローブを父から外される演出もあった。
>「指導者としてもチャンピオンになれるよう、夢に向かって進みたい」。
>現役時代のトレードマークの茶髪を真っ黒に染めて、決意を語った。
エリヤ森の電子メールアドレスです
>誠にありがとうございました。ジムを代表いたしまして心からお礼申し上げます。
>お陰様で出場選手達も全員勝利し且つ事故もけが人も出ず無事終了しました。改めて
>スタッフのみんな宗像JCのメンバーに敬意を表し心より感謝いたします。セレモニーも
>浜田くんの力作映像や凝った演出でお客さんも楽しんでもらえたのではないかと思います。
>ただ・・疲れた・・・かなり;; 選手の為とはいえまたやると考えたらゾッとします。
>14年間そんなみんなに支えられてきたんだなぁと思うと涙が出てきます。名前を挙げれば
>きりがないですがご支援、ご声援いただいた皆様今後とも宜しくお願い致します。
>次は12.17� ��楽園ホール
>大庭健司 全日本新人王戦 決勝!!
>進化前進 万事感謝
越本隆志
1971年1月5日生まれ、福岡県福岡市出身、ニックネーム:玄海のリュウ
1992年11月3日:プロデビュー
1994年2月13日:木内信弥に判定勝ちで全日本新人王フェザー級優勝
1996年11月4日:日本フェザー級王座決定戦で玉置厚司に8RTKOで王座獲得、6度防衛後返上
2000年1月30日:WBA世界フェザー級王者フレディー・ノーウッドに挑戦し9RKO敗
2000年4月30日:Jong-Beum Leeに4RTKOで再起
2001年9月30日:OPBFフェザー級王座決定戦でドニー・スラチンに判定で王座獲得、
7度防衛後に返上
2006年1月29日:WBC世界フェザー級タイトルマッチで王者の池仁珍に判定で王座獲得
日本史上最年長の35歳での世界王座獲得、九州のジムから初の世界王者誕生
2006年7月30日:WBC世界フェザー級王座の初防衛戦でルディ・ロペスに7RTKO敗で王座陥落
試合後現役引退を表明、父の越本英武のジムを継承しFukuokaジムの会長に就任。
終身戦績39勝17KO2敗2分
ニューハンプシャー州でサッポロビールを購入する場所
本当にお疲れ様でした。
・ボクシングの越本が引退式 日本最年長の世界王者
・越本隆志の引退式で「たかし」コール
・11.11に多数ご来場戴き
・WBC世界フェザー級チャンピオン越本隆志特集 - ボクシング - 日刊スポーツ九州
・KNOCKDOWN FIGHT ! -----FBS Boxing Contents-----
・Takashi Koshimoto
・福間スポーツジム
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下世界バンタム級王者アルフォンソ・アリミが74歳で逝去しました。
アルジェリア出身、フランス・パリ在住、ニックネーム:The Little Terror、42勝21KO8敗1分
>アマの名選手から1955年プロ転向。57年にマリオ・ダガタ(イタリア)から王座を奪い、
>59年にホセ・べセラ(メキシコ)にKO負けし無冠に。再戦も撃退されたが、60年べセラ
>引退後の空位の王座をフレディ・ギルロイと争い、判定勝ちで2度目の世界王座獲得。
>"リトル・テラー(軽量級の恐怖)"とあだ名された。アルジェリア生まれのユダヤ人だった
>アリミ氏は、イスラエルの首都テルアビブで史上初めてタイトル戦を行ったことでも知られる
>(1962年、ピエロ・ロロの挑戦を判定で撃退し、欧州王座防衛)。通算42勝21KO8敗1分。
貧民街で育ちフランスへ移住、鮮やかなテクニックで
60年代の国際的な雰囲気のあったパリの歓楽街で人気選手になった。
長く世界トップ選手と して活躍後に引退、妻子とアルジェリアに帰国した。
後にドゴール大統領からフランス最高の名誉であるLegion d'Honneur勲章を贈られた。
その後妻子と離婚しフランスへ再移住、経済的に困窮していき年金者者住宅に住んだ。
Jewish Sports Hall of Fameに入り、WBCはアリミの為の食物や医療の基金を設立。
晩年はアルツハイマー病を罹患していた。
海外で不安を移動する
合掌・・・。
">・ Halimi dies!
・Alphonse Halimi 1932-2006
・元世界王者アリミ氏死去
・Alphonse Halimi
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44試合連続KOの世界記録保持者ラマール・クラークが71歳で逝去しました。
娘のNicole Clark-Romano「イングランド、アメリカ、カナダなど至る所から手紙が来て
写真やサインを求めてきた。それがとても彼にはエキサイティングで楽しみだった」
アマ経験を経たプロ入り、デビュー戦の引き分けと2戦目と3戦目の判定以来44連続KO。
最高で1日6試合、1日2~3試合の日も多い。
しかしBoxRecの記載では相手の戦績は1人を除き全員勝ち星は無く
過去の試合の記載無しの選手が半数以上。
42戦目で対戦したトニー・バートンは16勝3敗で引退し
(BoxRecでは3勝3敗、アリゾナ州LH級王者)俳優に転向、
数多くの作品に出演し「ロッキー」にはデューク役としてシリーズ6作全てに出演している。
この試合がクラークの最大の勝利になった。
48戦目でBartolo Soniに9RTKO敗。
49戦目でデビュー戦で世界挑戦をした
ピート・ラデマッハー(フロイド・パターソンに6RKO敗)に10RTKO敗。
次戦は勝利したが、51戦目でモハメド・アリ
(当時はカシアス・クレイ)のプロ6戦目の相手として対戦し2RKO敗、この試合で引退した。
終身戦績47勝45KO3敗1分。
合掌・・・。
・Utah boxing great Clark dies at age 72
・LaMar Clark
・LaMar Clark - Boxrec Boxing Encyclopedia
・Tony Burton (I)
・Tony Burton - Boxrec Boxing Encyclopedia
・Tony Burton (I)
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シティースリッカーズなどに出演した俳優のジャック・パランスが87歳で逝去しました。
彼は1940年代前半にボクサーをしていたそうです。
Jack PalanceとJack Brazzoの2つの名前で戦っている。
Brazzoの方は40年に名前不明の選手とノーコンテストに終わった試合のみが記載されている。
Palanceの方はBoxRecでは通常のページでは0勝1敗、
Encyclopediaの方では12勝12KO2敗と記録されている。
キャリアハイライトは後のヘビー級コンテンダーのジョー・バクシに接戦で敗北した試合、
通常ページではこの試合のみが記載されている。
個人的にはシティースリッカーズに出てたという事でしか認識できない俳優だが
あの映画は全体に流れる気ままさとお気楽さがいい感じだった。
合掌・・・。
・Jack Palance
・Jack Brazzo
・Jack Palance - Boxrec Boxing Encyclopedia
・Jack Palance
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ボクシング界の過去の名選手
ボクシング
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